命の価値: 規制国家に人間味を キャス・サンスティーン著 勁草書房
複雑な社会を法でくくるのは難しい。
法律をつくるのは議会であるが、実社会においては、法を運用する行政の領域が広くなるのは当然だ。
法に基づき行政が決定する規制、つまり議決によらない規制の中には、市民の経済活動を始めとした自由を大きく制限するものもある。
そのような行政による規制については実効性はもちろん、決定過程における業界団体や特定政治家による影響など、不透明さが批判にさらされることも多い。
あらゆる規制には、メリット・デメリットがある。
では、何を基準に決めるべきなのか。
それが本書『命の価値: 規制国家に人間味を』(キャス・サンスティーン著、勁草書房)のテーマ。著者は、米国オバマ政権下で、行政機関が決定する規制を、各省庁間を横断して分析し、評価、承認する、情報規制問題局(OIRA)の長を務めた法学者である。
読みどころ1 規制の妥当性を測る方策
結論を先にいうと、規制の妥当性を測るツールは「費用便益分析」だ。
基本的な理屈自体は単純。規制によるコストと便益を金銭的に換算し、便益のほうが大きければ実行すべきという功利主義的な基準である。
著者はベンサム、ミルなど功利主義の思想家に触れながら、「最大多数の最大幸福」(ベンサム)を実現する規制の在り方を探っていく。
基本姿勢は単純ながら、当然その理論は単純ではない。
タイトル「命の価値」に代表される、金銭価値に換算することが困難、あるいは人命のようにそもそも換算してよいのか抵抗があるもの、極めて低い危険性で取り返しのつかないカタストロフが発生し、費用の計算が不可能と思えるものなどについて、費用便益分析を行うことの可能性を思考していく。
読みどころ2 金銭換算の意義と限界
功利主義については「それをお金で買いますか」等で説かれる、マイケル・サンデルの功利主義批判を想起する読者も多いだろう。著者は、サンデルについても言及しながら、費用便益分析への「誤解」を解かんとしている。
著者は費用便益分析が万能であるとしているわけではない。社会的な便益を過不足なく金銭的な換算することに限界があることは疑い得ない。
しかし、行政による規制に、徹底したコストと便益の計算が必要であることは誰も否定しないだろう。というより、すでにどこの行政機関でも、そのような考えをもとに計算を行っているはずであるし、行っていなければ困るのである。
とりわけ、選挙により国民の信託を受けたわけではない行政の行為であれば、規制の根拠、計算の仕方まで詳細に公表し、評価可能にしておくべきだろう。本書で紹介される費用便益分析は、まさにその計算可能性を、妥協なく分析する試みなのである。
これは科学的、経済学的に妥当な「正当性」のある規制を目指す仕組みであることもさることながら、規制の判断基準を透明化し、決定過程を公開することによる「正統性」を担保するためでもある。そして費用便益分析はその後者の部分こそ、民主制による政策決定過程に力を発揮する強みがあるのだとも思える。