堕天使バンカー ──スイス銀行の黒い真実 ブラッドレー・バーケンフェルド
世界の資産家が租税回避のために開いていたスイスのプライベートバンク、UBSの口座。その内実をバンカーが暴露するという全体未聞の事態が起こった。
火をつけたのは同銀行のやり手営業マンブラッドレー・バーケンフェルド。本書『堕天使バンカー スイス銀行の黒い真実』の著者だ。
読みどころ1 プライベートバンカーの数奇な運命
国際的ジャイアント企業や超富裕層の租税回避への対応が世界的課題となっている。国境を超え飛び回るマネーに、各国立法、行政の動きは後手に回り、なかばお手上げ状態のようにも見える。
当局の悪戦苦労する中、存在感を増すのが、パナマ文書、パラダイス文書などでも世界からの耳目を集めた内部告発者(ホイッスルブロワー)。公的機関や巨大機関から衝撃的な情報が漏れだし、租税回避の巨大なブラックボックスの氷山の一角を明るみに出す。
2008年発生したUSB事件は、いわばその皮切りといえる事件だった。
バーケンフェルドは、同社の米国の顧客開拓の中心的存在。富裕層にアプローチし、「節(脱?)税」を指南するのが主な仕事。しかし、UBS上層部への不信感に端を発し、まさかまさか、ホイッスルを吹きまくる危険人物に変じたのだ。
バーケンフェルドの運命は劇的としか言いようがない。彼は司法省に強く要求した刑事的な免責を得られず、事件に関わったものなかで、なぜか唯一収監。しかし出所後、米国歳入庁は、内部告発の情報価値の高さを認め、彼に1億400万ドルの報奨をあたえたのだ。まさに大逆転である。
読みどころ2 内部告発者のリアリティ
本書では、華麗なるプライベートバンカーとしての日常、バンカーや大富豪たちの享楽的な生活の描写から、銀行との摩擦と事件へと至るプロセス、司法省や裁判所での闘争といった、事件の顛末が回顧される。
また著者の幼少期から、軍隊生活、金融の世界に身を投じ、事件の当事者となるまでも描かれており、自伝小説としても読める
しかし、詳細な記述を読んでも残る、ひとつの謎がある。ここまで様々に語りながら、内部告発の動機が必ずしもはっきりしないことだ。
UBSが米国当局の取り締まりの動きをキャッチし、バーケンフェルドのみに責任を押し付けようとする「トカゲのしっぽ切り」を疑ったことが一番の理由であることは間違いないが、その事実自体に強い確証があるわけではない。
また、ことさらに正義感、義憤を強調していないし、思想性、政治的な定見も感じない。むしろ上司への悪態、はたまた容姿への罵詈雑言などあまり共感できないノリの記述が多い。
小説ならば欠点になるのかもしれぬが、何か不思議なリアリティも感じる。
内部告発のきっかけはそういうものなのだろう。公益性を鑑みれば、内部告発の動機を問うことには、ほとんど意味がないのだ。
国家をやすやす飛び越える租税回避は、行政、立法、司法、ジャーナリズムの枠組みだけでは止められず、何をしでかすかわからない、時に卑小な生身の個人によって、かろうじて牽制されるのかもしれない。
とはいえ、著者は自分を保護してくれなかった司法省に強い怒りをたたきつけているが、行政各省庁、裁判所、議会がせめぎ合い三権分立の枠組みのなかで「牢屋に入れるけど報奨金」という落とし所?を見つけ出す米国のシステムに、さすがといいたくなるところもあったりする。
ともかく、本書を読むことは、現代において存在感を増す一方であるホイッスルブロアーの位置づけについても、改めて考える機会になると思うのだ。