豊田喜一郎文書集成  和田 一夫 (編集) 名古屋大学出版会

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トヨタ自動車創業者の豊田喜一郎氏が執筆した文書をまとめた、本当に唯一無二の研究書。

時系列で、喜一郎が発表した論文や寄稿、インタビューや設計図面、社内のあいさつ文など豊富に収録されている。

喜一郎研究の第一人者、名古屋大学の和田一夫氏の労作だ。

<h2>読みどころ1 第一級の一次資料</h2>

文書からたどれるのは彼のキャリア、そして思考の変遷である

工学研究者、技術者としての喜一郎のバックボーン、学生時から磨き上げたスキルが、論文、図面などから読み取れる。

そして豊田自動織機入社後の「G型自動織機」の発明は、最初にして輝かしい業績。その製品をひっさげ、イギリスの織機メーカーとの独占契約『豊田・プラット協定』は、豊田の技術を最初に世界に知らしめるエポックとなった。この大発明に関する関連文書を丁寧に集積していることも、資料として極めて重要である。

実はこのG型自動織機に関しては一つの謎がある

喜一郎に最も大きな影響を与えた人物は言うまでもなく、創業者であり発明家である父、豊田佐吉。G型が喜一郎と佐吉、どちらの主導で発明されたものであったのか。

様々な資料を基に、その謎を探っていくことは、喜一郎と佐吉の思想の異同、喜一郎の個性を析出するためにも有効だ

そしてもう一つの謎がある。

豊田プラット協定を経てイギリスからの帰国後、ついに喜一郎は本格的に自動車開発に着手する

バイクエンジンからはじまり、フォード車を分解して機構を学び、エンジンの失敗作を山と積み、国産大衆車の生産の緒に就くわけであるが

ここでも自動車開発の構想はいつからあったのか、それは自分自身の意志であったのか、佐吉の意志であったのか、という謎があるのだ。

本書に収録される豊富な一次資料・二次資料から、その謎を推察するのは実に楽しい作業である

<h2>読みどころ2 喜一郎氏のキャラクターが生き生きと蘇る </h2>

さて、喜一郎のルーツについてはこれからまだまだ議論がなされるのだろうが、間違いないこともある。

豊田を近代的企業に育て上げた功績は喜一郎その人のものであるということだ

戦争に突入する世相の中で、乱立していた自動車会社が、トヨタ他数社に選択と集中されていく過程では、経営者喜一郎の実業家としての立ち回りがある。すでに父佐吉は死去している。

戦争による破壊、戦後の物資不足、激しさを極めた労働争議、そして争議の混乱を理由とした社長退任と、苦難の連続の中でトヨタに現在も息づく生産システム「ジャストインタイム」や販売店網の充実、工員の教育研修システム、企業年金など、近代経営の基本を作り上げた事実は色あせない

豊田喜一郎氏は、いうまでもなく日本の自動車産業の礎を築き上げ、世界有数の巨大企業をつくりあげた人物である

しかしながら、生真面目な実務家としてキャラクターが強くない(父親のほうがキャラが濃い)、また早世してしまったこともあるからか、世界企業の創業者でありながらあまり語られることがない。

ノンフィクション、劇作品含め書籍で取り上げられることも少なく、ほかの伝説的創業者と比べると一般に膾炙していないのは、気のせいだろうか。

だからこそ、本書はいまも、同氏の人生を描く際のネタ本として唯一無二といえるものである。

トヨタの歴史、ひいては自動車産業に興味を持つ人であれば、手元に置いておきたい一冊であり続けているのである。願わくば廉価版で再刊してほしいところではある。

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