「本をつくる」という仕事  稲泉連

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「本が好き」という人、「本が近くにないと生きていけない」という人がいる

そんな人は、いったい本の「何」が好きなのだろう。

本に書いてある文字通りの情報だけなのだろうか

そうではないと私は思う

紙の質感やインクのにおい、手にした時の重み、背表紙の並ぶ本棚を見たときの高揚感等々、造形物である一冊の本から様々な情報を読み取っているはずだ。そして、一冊の本から本を書く人、作り人の熱意に当てられた経験のある人なのだと想像する。

本書は、そんな本好きにぜひ読んでもらいたい。

本づくりのプロを訪ねる

著者は大宅壮一賞受賞のノンフィクション作家、稲泉連さん。

製本、印刷、校閲、製紙、装丁等々、日本の出版業界を支えてきた「本づくりのプロ」を訪ね、丹念な取材で、一冊の本ができるまでの高い技術、そしてそれぞれの方々の本に賭ける思いを、文字通りページ一枚一枚、解体していく。

この本の重要なテーマとして、避けては通れないのが情報のデジタル化と、本の未来。

デジタル技術により、紙の本を作るプロは確実に減っていく。著者は活版印刷などの現場を取材し、消えゆく技術者の現状を描写している。

しかしそれは懐古し、慈しむだけではない。「美しさ」の再評価など、今日的な本の存在価値を問うている。

また、大日本印刷が手掛けた電子化を見据えた活字書体の制作「秀英体改刻プロジェクト」など、出版界のデジタルへの対応、融合の試みを追う。

デジタル技術にも親しんでいるであろう1979年生まれの若い書き手は、丁寧な言葉選びで、レガシーとしての出版文化へのリスペクトを示す。

著者もまた、紙の本を愛しているのだ

メディアが変わり「本」はどうなる

いうまでもないが、本は一人でできるものではない。

すでに述べたようにデジタル化はコンテンツ作りの工程、本づくりに関わる人間を劇的に減らす側面を持っているが、校閲のように、質の高い文章をつくる仕事の価値は決してなくなることはない。本書はその当たり前の事実を、改めて気づかせてくれる。

新潮社の校閲部を取材した第四章は圧巻だ。司馬遼太郎や松本清張らの作家とわたりあい、表現を「変える、変えない」のせめぎあいをギリギリまで行う出版社の校閲担当者の仕事を、関係者の証言とともに描き出している。

私たちは、作家は書きたいものを書き、他の介入などあるはずはない、という素朴な「作家感」をもちがちだ。その見方を、ポジティブな意味で変えてくれる。本好きの目を開かせ、深化してくれる。

そしていま私は、このネット書評の粗雑な原稿を、何等校閲(校正すらも?)しないまま、ペロッとアップロードしながら、デジタル化の「功罪」について、身をもって感じているのだ。

 

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