ある日うっかりPTA 杉江 松恋著
誰でもその名は知りながら、実態を知る人は少ない組織「PTA」。
子育てをしていれば、直接、間接に、ほぼ確実に関わることになるのだが、積極的にコミットしたことがある人は限られる。
また、なんとなく嫌悪している人も多い。
ドリフの全員集合や「ハレンチ学園」に文句をつけるオバサンのイメージからだろうか。オッサンにありがちな女性嫌悪と結びついていたりもする。別に女性だけの組織ではないのだけど。
『ある日うっかりPTA』(杉江松恋著、角川書店)は、金髪、ボウズ(時にグラサン)、ちょっぴりコワモテのフリーライターが、ひょんなことから全く無関心だった小学校のPTA会長となった体験を綴ったノンフィクションだ。
杉江氏は、職業柄の好奇心、潜入取材の精神で、この謎の組織を内部から見つめる。もちろん、会長であるのだから単なる観察者でいられるわけはない。歴史ある組織につきものの因習、大小さまざまな違和感、矛盾に戸惑いながら「がんばらない、をがんばろう」を旗印に改善を試みていくのだ。
とはいえ、本書には「異端の会長が大改革を成し遂げた」といった大げさなハナシは出てこない。大きな事件が発生するわけではなければ、「巨悪」との闘いなど、感情移入できるフックもない。「もうちょっと話を盛れば、映画化の話も来そうなのに、もったいない!」というのは冗談だが、身近にありそうなエピソードの連続であり、全国のPTAで同じことが起こっているのであろうと想像させるものばかりだ。
それは当然である。組織を作るのは、向こう三軒両隣の人。だからこそ、それまで固定観念でしか見ていなかった組織も、当事者としてコミットするうち、血が通った人付き合いの束であるという当たり前のことに気づくことになるのだ
それまで集団行動が苦手であると自任していたフリーランスの著者は、苦心しながら人間関係を作り上げていく過程で、ほかで得難い人間的成長を感じることになったようだ。これはなかなかにうらやましい感覚である。
読後「PTA、面倒くさそうな集まりだけど、一度くらいじっくり関わってもいいかな」と考えている自分に気づく者も多かろう。
そのちょっとした感覚。このアルファベット三文字の、固定観念に凝り固まった存在。また実際に関わって嫌な思いをした人も多かろうこの存在に、外側から迷い込んだこの著者の言葉は、共感という一筋の血を通わせてくれる。
そんな、確かな力がある一冊なのだ。
なお蛇足ながら。本書の文中ではところどころ「PTA会合の9割は日中に開かれる」「現実的なお金の使い道よりも儀式の予算が優先される」など、32個の「PTAの常識」を紹介している。これが面白い。改めてほかのページにリストでまとめてもよかったのではなかろうか。