ビートルズを呼んだ男 野地秩嘉著
ビートルズを呼んだ男(野地秩嘉著、小学館)は、戦後間もなくから海外ミュージシャンらを招聘する「呼び屋」として活躍し、イベント会社キョードー東京を創設したことでも知られる、永島達司の生涯を追うノンフィクションだ。
読みどころ1 エレガントに魑魅魍魎の世界を生きる
永島はイギリスで育ち、戦後の進駐軍の通訳を経てジャズマンのブッキング役として活動を開始する。
日本人離れした長身とエレガントな身のこなし、「イギリス人よりも流暢」と評されるクイーンズイングリッシュを操り、約束の遵守と破格のギャラ、心づくしの接待で米英の名だたるミュージシャンの心をつかんでいく。
日本において永島氏に信頼を置いていた海外スターは数多く、ナット・キング・コールやサッチモ(ルイアームストロング)、ポールマッカートニー、ダイアナ・ロス、ボブ・ディラン、マイケル・ジャクソンやエルトン・ジョンらの日本での公演を実現させた。
戦後のエンタメ界の成り立ちはけっしてスマートなものではない。本書で紹介されるエピソードにも、外為法をくぐり抜けるための闇ドル、興行の実務を持つ裏社会との駆け引きなどが描写されている。
永島氏は、後ろ暗い部分を多分に含む呼び屋の仕事への葛藤、コンプレックスを抱えながらも、ショービジネスに天職を見出していくのである。
彼と好対照をなすのが、本書で群像劇的に並行して描かれる、樋口玖や神彰、康芳夫ら、次世代の呼び屋たち。大風呂敷を広げ、切った貼ったの大博打を打つ(彼らのほうが「興行師」のイメージに近い)彼らを絡めて書くことで永島の特異性は際立つ。ちなみに、ときおり康芳夫への聞き取りをもとにしたエピソードが出てくるが、いちいち面白すぎるので眉唾。
読みどころ2 キャリア集大成 ビートルズ公演
本書の後半は1966年、永島の呼び屋としての集大成といえるビートルズの武道館コンサートのドキュメントになっている。
ポール・マッカートニー、ジョン・レノンとの親交、マネージャーのブライアン・エプスタインとの交渉など、永島だからこその仕事術が見て取れる
そして、臨場感をもって描かれるのが、当日が近づくにつれ高まる日本のファンの狂熱、警察の厳戒体制。新聞や雑誌は、ロックの「反社会性」をわけもわからず批判し、とりわけうら若い女性たちの狂乱におののき、大衆に不安を煽る。
そして日本の芸能史上に残る公演当日に起こったこととは!?
興行関係者、メンバーを迎えたホテルマンら、豊富な取材で奇跡の一日を振り返る。
さて、このビートルズ公演あたりから、日本は本格的な高度経済成長に突入していく。
いわゆる「切った貼った」の興行の世界も、少しずつ近代化していくことになる(むろん旧態依然としている部分は今の時代にまで続くのではあるが)。
「呼び屋」の在り方も変わり、起業家となった永島が作ったビジネスは、押しも押されぬ有名企業の主事業として命脈を保つこととなる。
本書は、戦後の芸能の世界を生きた特異な人物を通して描いた、日本の経済・社会史でもあるのだ。