武器化する嘘 ──情報に仕掛けられた罠(ダニエル・J・レヴィティン著、パンローリング社)
「フェイクニュース」という言葉は、おそらくは世界的に、すっかり一般化したようだ。一人孤独なネット住民から、一国のかじ取りを行う為政者までが受け手として発信者として、日々大量に流通、拡散される「嘘」は、ときに世界の趨勢をも変える「武器」となっている。
『武器化する嘘 ──情報に仕掛けられた罠』(ダニエル・J・レヴィティン著、パンローリング社)は、プロバガンダ報道や企業PRでみられる情報操作だましのテクニックを例に挙げながら、ウソ情報が人を虜にするメカニズムを、論理学や統計の基本を知見をもとに解き明かす一冊だ。
見どころ1 広告や選挙、IRに潜むからくり
著者は脳科学者。人間脳のメカニズム、認知の在り方から、どのように情報にスピンをかけることにより、だましのパワーが増幅するのかを解説していく。
ここで面白いのが、報道やIRなど、実際に公表された事例をもとに、数々の印象操作の意図を読み取っていくこと。
とくに重要なツールになるのが、数字やグラフ、表などの使い方。
本来は学問的、科学的であるはずの数字やグラフが、信じがたいようなばかばかしいトリックに騙されてしまう大きな要因となっていることを、ユーモアを交え警告している。
見どころ2 あれ?私って本当にものが見えてるの?
このトリックの内容は笑ってしまうような事例も多数。詳しくは本書の中身を読んでもらうとして、読み進めるうちだんだん笑えなくなってくるのも事実だ。
多くの人は、自分には批判精神があると自己認識している。実際に報道なり政治家の言葉なりをくさしたりしている。一応高等教育とされている大学出の割合は高まるばかりであるし、それなりの学識がある人は実際に多いのだろう
しかし、本書の数々の事例を読めば、これまでそのようなトリックを目にし、しっかりからくりに気付いていたのだろうか、と不安になるはずだ。
もっといえば、今まで何度となく、様々なイシューについてこういった操作により偏った印象を抱き、他社を論難したり、攻撃的な言動を行ったり、エキセントリックな選挙候補者に投票したりといったことがあったのではないか。否、あったに違いないと恐ろしくなってくる。
見どころ3 嘘の影響力を抑制するには?
本書では、ウソ情報に騙されなくなる方法として、情報の出所を見ることや「専門家」と称してコメントする人の出自を見るなどといったコツも指南。
いわゆる「メディアリテラシー」である
筆者は、フェイクの力を弱めるため、本書で紹介されるようなメディアリテラシーは、初等教育でしっかりと教えるべきとしている。
これは本当に重要な指摘でしょう。その通りだ。
しかしここでちょっと考えてしまうこともある
本書の内容は基礎的な数学、算数で理解できることが多い。つまり理屈としては、私たち高等教育を受けたはずの人であれば、すでに理解できる人は多いのです。
しかし、そのような能力が、いつでも発揮するわけではないのが人間。
普段はロジカルをもって自任している人も、自分が信じたい説であれば、あっさりと飛びつき特段の検証もなく信じ込んでしまうことは珍しくないのではないか。
それはメディアリテラシー教育で本当になんとかなるものなのか
「武器化」するフェイクニュースや印象操作の影響力を弱めるには、教育により批判的思考ができる人を増やす方策が必要であることは論を待たない。
しかし、それでもなお、それだけではなく、知性が尊敬される社会、コミュニティへコミットする価値観、人と人が面突き合わせての熟議などといった、社会的な機能が必要なのではないかとも感じるところではある。
ともあれ、それは本書の主題ではない。
本書で解説される論点については「大人のたしなみ」として頭に入れておきたいことであるのは間違いない。話が少しそれた気もする。