昭和解体 国鉄分割・民営化30年目の真実(牧久著、講談社)


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昭和解体 国鉄分割・民営化30年目の真実(牧久著、講談社)は、主に国鉄を担当した元日経新聞記者が、1987年に実現した日本国有鉄道(国鉄)の分割民営化までのプロセスを豊富な文献と取材によりたどるノンフィクション。

30兆円の負債を抱えた巨大公共事業体が、いかに解体されたのかを克明に描き出す、500ページを超える大著となっている。

読みどころ1 壮大な歴史ドラマ

登場人物は非常に多い。国鉄内では、歴代総裁はもちろん、中曽根康弘による行政改革で民営化に動き出す中「体制維持派」として阻止に動いた幹部たち、また井手正敏、葛西敬之、松田昌士の「三人組」らをはじめとする分割民営化派。行政機関では国鉄を所管する運輸省、また財務省の官僚たち。財界では、土光敏夫ら民間審議会の経営者らが登場する。

そして政治家。前出の中曽根と政権に大きな影響力を持ち続ける田中角栄、加藤六月、三塚博ら運輸族議員、おのおのの思惑が交錯する。

そもそも国鉄民営化の狙いに「組合つぶし」があったことは明白である。労働組合は、本書の隠れた主役でもある。国鉄労働組合(国労)・国鉄動力車労働組合(動労)など、国鉄内部だけではなく、日本の政治、統治機構に極めて大きな影響力を持ち続けた組合はどのように民営化に対峙したのか、幹部らの隠れた狙い、人間関係の描写は読み応え十分である。

時には敵の敵は味方、味方の中にも敵がいる。保守であろうと革新であろうと、離合集散、同床異夢、面従腹背・・男たちの思惑は複雑に絡み合い、偶然か必然か、巨大組織は音を立てて終焉へと動き出していくのである。

読みどころ2 国鉄の歴史と昭和の終わり

国鉄崩壊の過程からは、官僚制による硬直、手段の目的化など、巨大組織一般が持つ普遍性ある弊害を読み取ることができるだろう。と同時に、国鉄がもつ特殊性もまた強く感じる。

あらゆる国が近代化の象徴として取り組む鉄道事業。明治以来の日本の国造りのためにも最重要といえた。国力が増すとともに国鉄が巨大化していくことは必然でもある。戦争による巨大な破壊を経て、国鉄は着の身着のままの復員兵の受け皿としても機能し、多くの「国鉄マン」を輩出、高度経済成長期を支える社会インフラを形成した。

と同時に、戦後GHQにより自由化された労組は、冷戦構造の逆コースの中で存在感を増し、革新政党と結びつき55年体制の政治過程に組み込まれる。労働運動は複雑怪奇な様相を呈し、ストライキを行う権利のためのストライキ、いわゆるスト権ストや、ワンマン運転ストなど独自のものとなった。

真相はやぶの中ではあるが、連合国軍占領下の日本では、GHQ陰謀説もささやかれる国鉄総裁下山定則氏の変死(下山事件)をはじめ、無人列車の暴走事故(三鷹事件)、死亡者3人を出した不自然な脱線事故(松川事件)など、あまりにまがまがしい事件も線路の上で起こった。なお本書ではそれららの未解決事件についても、当局の見解、松本清張らの様々な説を紹介しつつ真相に迫っている。

国鉄の形成と巨大化、矛盾の先鋭化、そして解体の歴史。大著で描き出される巨大組織の終わりは、東西対立に組み込まれた日本の一時代の終わりを象徴する事件でもあり、タイトルの通り「昭和」の解体でもあったのかもしれない。

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