ソビエト帝国の崩壊―瀕死のクマが世界であがく (カッパ・ビジネス) 小室 直樹 (著)
小室直樹の一般書籍デビュー作にして1980年のベストセラー。
「1991年のソ連邦解体を予言した」として、さらに評価が上がったことで知られる伝説的な一冊でもある。
<h2>読みどころ1 社会主義が「神政」となるプロセス</h2>
小室直樹は京都大学理学部数学科卒業後、東京大学大学院法学政治学研究科修了。ミシガン大学、マサチューセッツ工科大学、ハーバード大学に留学し、経済学、法学、政治学、社会学などを学んだ、まさに碩学。
本書で小室氏が、政治学をはじめとした学際的な知識を駆使しながら語るのが、社会主義・共産主義国が理想とする人民主権、プロレタリア独裁の夢が、いかに変質し全体主義に至るのか。
「前衛」を標榜するテクノクラートが、身もふたもない特権階級を形成した末に、大量の働く意欲を失った貧しい労働者をつくりだしていくプロセスである。
本書の論の中心となっているのは、民主制・デモクラシーの対義語としてのテオクラシー、すなわち「神政政治」。
あたかも神に委託されたかのように僭称する、カルト宗教のような個人崇拝、人民による統治とは真逆の国家と個人の同一視、全体主義。
重要な点は、小室氏は、この現象を、多くの知識人が失敗した社会主義国家について評論するような、社会主義が堕落した状態とはみずに、必然として描き出していることである。
<h2>読みどころ2 小室節はデビュー作にして完成</h2>
本書が発刊された1980年当時は、ソ連はブレジネフ体制下にあり、経済危機や内部腐敗がささやかれ、1978年に端を発するアフガニスタン侵攻への西側諸国の批判、東欧の動乱などが体制を脅かしてはいたものの、未だ社会主義国の幻想は強いころ
むろん、東西冷戦の反映としての国論の二分されているわけで、東側への悪罵ともいえるような批判はずっとあるのだが、理論的に、しかも世間に届く形で説得的に、近未来の崩壊を学問的に予言する本は少なかった。
本書では上に論じた政治体制の脆弱さのほか、軍拡競争につきすすむソ連軍の、戦略核をはじめとする軍備と、徴兵制度など人的な戦力とのアンバランス。民主化運動で揺れる東欧などとの関係、地政学的な不安定など多角的な視点から、ソ連の本当の実力を描き出していた。
それだけに本書は各所に衝撃を与え、同氏をある種の時代の寵児に押し上げたのだ
もうひとつ、小室氏が縦横無尽にまくしたてる毒舌の中に学際的なタームがポンポン飛び出る語り口、彼の芸風はデビュー作にして真骨頂といえ、そのキャラクターにも脚光が当たることとなった。
在野の研究者として2010年に没するまで、著作活動、私塾での後進指導に尽力することとなる。
ちなみに門下生としては橋爪大三郎、宮台真司、意外なところでは評論家の副島隆彦がいたりする。
カッパブックスという、サラリーマン向け新書シリーズの一冊として出された本書は、アカデミズムと距離を置いた場所から「学問のすすめ」を唱え続け、知的好奇心を持つ若者たちをひきつけ、有意の人材を輩出することとなる、小室氏の不世出の個性が、余すところなく示された一冊でもあるのだ