エッセンシャル版 行動経済学 ミシェル・バデリー著、早川書房
『エッセンシャル版 行動経済学』(ミシェル・バデリー著、早川書房)は、経済学の一分野として近年大きく注目される行動経済学の諸理論、基礎知識を平易に解説した入門教科書だ。
行動経済学は2002年、その中心的研究者であるダニエル・カーネマンがノーベル賞を受賞したこともあり、また一般書でも取り上げやすい内容を含むことから、最近日本では、バナナマンが出演する某生命保険のテレビCMなどでも一端が紹介されており、一種のブーム。
本書はそのトレンドに乗った学問を、ある程度の深度をもって、しかもわかりやすく学べる絶好の一冊となっている。
読みどころ1 人は不合理!
近代経済学は人が経済合理的な行動をすることを前提にしている。むろん、人はいろいろで個人個人、その時その時の行動を見れば、不合理でヘンテコなことをいろいろなことをしているのは当然なのだが、全体としてみれば合理的に行動するとみている。
だからこそそれは計算可能であり、需要と供給であらゆるものに適正な価格がつくと考えられるわけだ。
しかし行動経済学では、前提として人間は合理的な判断をする存在とはみない。経済的な行動は人間の特性、情動に依拠している。
そしてこれが重要なのだが、「不合理」な行動にもまた、一定のパターンがある。
そのパターンの数々を理論化すれば、不況、失業、バブルなどの事象において、不合理な行動をする人間の行動に、新たな知見が加わることになるだろう。
本書では、行動経済学の歴史や経済学者の理論、実験の成果について例示。人が短時間で選択する場合に陥りがちな行動パターン「ヒューリスティック」や、人の認識をゆがめる「バイアス」、経済的な事由だけに限定されない「モチベーション」などのタームとともに、解説する。また、人間の行動分析に使えるビッグデータの活用など、行動経済学の新しいモデルが生まれる可能性も示唆する。
読みどころ2 行動経済学の社会実装
さらに興味深いのが行動経済学を利用した政策のありかた。
サンスティーンが提唱する「現状維持バイアス」を利用したオプトアウト(臓器移植などにみられる、あえて選択しない限りは合意とみなす意思表示の形)など、行動経済学の知見を利用した政策「ナッジ」の数々を平易に解説している。
本書を読むと、行動経済学が近代経済学の美しい均衡を崩すものとして毛嫌いされ(ているかどうかはしらんけど)る理由もわかる気がするのである。
人間の行動は経済合理性だけで決まるものではないとは多くの人が認めるところだが、いったんその不合理がなぜ起こるのか、ということに目を向ければ、経済学は経済学だけではカバーできず、神経心理学やら、脳科学やら、いろんなのが入ってくる。ものすごく複雑で手に負えなくなる。
「せっかくきれいな関数とか作ったのに均衡がガタガタやん、そんな話出してこないでくれよ」という気持ちになり、敵意が首をもたげるのではないか、と勝手に想像してしまう。
本書は、近年行動経済学が、学問の世界に起こしているのかもしれない「ざわざわ」を感じさせてくれる本でもあるのだ。
読みどころ3 行動経済学の手軽なテキストに
もうひとつ。本書で説明する行動経済学の理論や実験は、経済学の入門書だけではなく、ビジネス系の読み物、ネットのライフハック記事、そしてばマナマンにも、いいところどりされて取り上げられていることにも気づく。
近経の数学然とした理論より面白く、話題のフックになりやすいからなのだろう(むろん、本格的に学べば行動経済学も難しい数学が出てくるのだろうが)。
だから本書もまた、プレゼンやセミナーでもっともらしい(失礼)理論で人を納得させる仕事を行う人の資料、文筆業の方の参照もと、アンチョコ、保険会社のCMのネタ(しつこい)などとして幅広く使えたりしそう。
どうせネタ元とするなら、まとめサイトのコピペのコピペでお茶を濁すよりも、しっかりした研究者が書いた体系的な本を一冊、繰り返し読んで身に着けるほうが有意義だ。学術的でありながら、下手するとまとめサイトよりもわかりやすい本書を、ぜひ手元に置きたいところである。