総合研究 日本のタクシー産業:現状と変革に向けての分析 太田 和博、青木 亮 、後藤 孝夫 編、慶応大学出版社


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『総合研究 日本のタクシー産業:現状と変革に向けての分析』(太田 和博、青木 亮 、後藤 孝夫 編、慶応大学出版社)は、タクシー産業を多角的に分析した珍しい本格的な研究書。

タクシーは「景気のバロメーター」として語られるとともに、経済論議では常に「市場」と「規制」の間での論議を呼び起こす事業だ。

ある人は「日本のタクシーは自由競争がないため料金が高い」と攻め、すると論敵が登場し、2000年の規制緩和による「供給過剰」を引き合いに「市場原理主義」を批判する、といった具合だ。

その特異な立ち位置を踏まえ、研究対象とした一冊なのだ

読みどころ1 タクシーはなぜ面白い?

じつはタクシーは古今東西、顧客の疑心暗鬼、ネガティブなイメージの対象となっている。

とくに流しのタクシーには、経済学で言う情報の非対称性(乗るまで値段や運転の質がわかりにくい、見逃すと次にいつ見つかるかわからない等)があり、質の悪い事業者が退出しにくいメカニズムがある。

日本では昭和時代に「神風タクシー」「白タク」のようなマイナスのタクシー像があったが、同じような表現が世界中にあるのだ。

仮に市場メカニズムで妥当な価格が決まったとしても、別の問題として事故や渋滞の発生、あるいは逆に乗車拒否が連発したりと、公共的な福利が失われることもあるかもしれない。

本書では、タクシー事業のビジネスモデル、歴史、参入・退出に関する規制、台数規制、運賃規制など規制の内容とその効果、憲法の「職業選択の自由」「営業の自由」との関係等々、経済学、経営学、法学等、様々に分析している。

読みどころ2 タクシーの未来を多角的に分析

タクシー事業に何らの規制がない国はほぼない。問題はその内容である。

本書を読んで感じるのはタクシー業界を舞台に度々勃発する、市場派と規制派の「代理戦争」の議論は不毛だということだ。

地域や時代によりタクシーに求められるものが異なり、規制の手法も多様である。市場メカニズムが有効に機能する場面もあり、また何らかの規制の必要性も明らかだ。

規制に何を期待するのか、手段として適当か、個別に見ていくしかない。

最近では情報の非対称性の様相を変える、スマホを利用した配車システム、タクシー事業そのものの存亡にかかわる破壊力を持つUber等のライドシェア、自動運転などの動向が、業界を一変させる可能性を秘めている。

タクシー事業自体はそうそうなくなりはしないだろうが、時代とともにタクシー事業の立ち位置の変化はタイムリーに見ていかなくてはならないだろう。私たちはその一つ一つを虚心坦懐に見つめるしかないのだ

本書の最後は、まとめとして政策提言の章が置かれているが、内容としては、地方自治体へのタクシーを含めた交通政策の権限移譲の提案が中心となっている。地域の実情に合わせ、妥当な政策を決めろ、ということだ。

全国で通用する、クリアカットなモデルを使った万能な政策を期待した読者には拍子抜けかもしれないが、本書ではまさに、そのような画一的な規制の是非は退けられている。

外部環境が目まぐるしく変わる中で、タクシー事業の未来を考える上での補助線を引く本書の示唆するものは大きい。

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