週刊プレイボーイ 昭和55年1月29日号


留学するも無為に過ごし、失意の中帰国する若者が多いとして、日本にいながら金を支払うだけで外国の資格や認定「タイトル」を取る方法を特集。エクスキューズ的に冗談めかしてはいるが、堂々といわゆる「ディプロマミル」の学位を勧めているのは、当時を知る良い資料。

樫原一郎が韓国での北朝鮮ゲリラ、スパイの動き、対峙する武装警察、またゲリラの資金源となっている日本の反社会勢力との薬物ルートなどについて小説風に。

滅私奉公を拒否し、自らの快と自己実現に生きる新個人主義「ミーイズム」のすすめ。斎藤正二「徹底的個人主義は民主主義の基盤」枝川公一「(アメリカでは)ベトナムとウォーターゲートの70年代でで、自分の生活こそ一番大切ということになった」などのコメント。この造語のかなり初期の用例だろうか?このころから「最近の新入社員は飲みに誘っても断る」といわれている。具志堅用高が、金龍鉉との15回目の防衛戦を控え故郷石垣島でのキャンプの模様を北方謙三が伝える。

そのほか米国『PLAYGIRL』誌の内容。マレーシア半島旅行タイアップ記事。アイザックアシモフは独占インタビューなど。読者投票によるキュートガールコンテストの第一位は大場久美子、二位は石川ひとみ。カーオブザベストはスカイライン。岸本加世子ピンナップ。表紙はジュディ・オング

 

ヘンリー大江

ロビンスコット

ユキ・マッケンティ
田坂都
住吉千秋

矢沢杏子


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